レコードひっくり返し妖精


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 レコードというのは、片面終わって、裏面を聴こうとすると、ひっくり返さなければならないのがめんどくさい。
 LPなら片面が三四十分と長いのでまだいいが、EPやSP盤となると、片面三分か四分しかないので、しょっちゅう、ひっくり返すことになる。
 
 その日の夕方もいつものように酒とレコード。お気に入りのEP盤。片面終わりそうになる。さて、と思った時、見たことない少女がフワッと現われた。
「え? 君なに?」
「お呼びですね、ご主人様」
「で、君なに」
「レコードひっくり返し妖精ですよ。はじめまして。」
「あ、そういうね、レコードをひっくり返す、というね」
「妹たちがおじゃましてますが、私たち、三姉妹なんです。私は一番上の長女です」
「そうだったの。片づけ妖精と探し物妖精のお姉さんなの」(注1)
「はい。わたしがレコードをひっくり返してさしあげますから」
「や、ありがと」
彼女は慣れた手つきでスムーズにキレイにレコードをひっくり返し、裏面にしてスタートさせ、ベストな所へ針をのせた。私がやると、針を降ろす時、盤の外に落としたり、いきなり曲が始まったりするが、彼女はー発的確だ。

「レコードや畜音機のことはおまかせ下さいね」
「ああ、じゃ宜しくたのむよ」
「かしこまりました」

 

 彼女は、私がかけたいと思っていたレコードをさっとラックから引き出すと、慣れた手つきでセットして、針を載せる。
 レコードが鳴る。いい調子だ。後で知ったが、彼女がレコードを手に持つと、盤面がきれいになってしまう。あのいやなプチプチノイズもなくなるのだ。
 ピックアップの針の汚れもサッと消えるのだった。
 素晴らしい魔法である。
 
 ビールが喉を洗って流れる。気分がいい。私は彼女に椅子をすすめた。
「君も飲むかい?」ときくと、
「じゃ、ワインを頂きます。例の赤ワイン。王様の涙 を」ときた。
遠慮のなさに私は嬉しくなった。飲み友だちを得たような気分になった。彼女は10万21歳なので問題はない。彼女は、つまみは要らないと言った。

 彼女はさっと立って、レコードをひっくり返す。針を降ろす。これが私だと、よっこらしょと立って、レコードをひっくり返し、モタモタと針を降ろす。
 
 彼女は蓄音機も操作できる。蓄音機のめんどくささと言ったら死ぬほど面倒なのにだ。片面終わって、ひっくりかえし、鉄の針を交換しなければならない。サウンドボックスのネジをゆるめて、先のすり減った針を抜いて、蓄音機の隅に埋めてある小さな壺に拾て、新しい針を指に取り、深く挿すか浅く挿すか、感で入れて、またネジを締める。(注2)
 ゼンマイも片面終わる度に巻き上げなければならない。巻き過ぎるとゼンマイを切ってしまう。ハンドルが重くなっていく状態に神経を使って、ほど良い所で巻くのをやめる。

 これらをみーんな彼女がやってくれるのでありがたい。私はただ、酒と歌に身をゆだねていればいいのだ。
 
 あるとき、彼女がレコードを嘗めた。
「え!なめちゃうの?」
「そうですよ。ここキズついてますから。人間だって体が傷つけば嘗めるでしょ」
「ま、そうだけど。大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。」
(いや、君じゃなくて、レコード と言おうと思ったがやめた。溶けたりしないだろうなあと思ったが。)

 なんと、レコードのキズは彼女が嘗めると直ってしまうのだった。
 すごい!

 私は楽ちんすぎて、つい飲みすぎて、いつのまにか眠ってしまう。目が覚めると、彼女は消えている。プレーヤーは止まり、アンプの電源も切ってある。

 そんな彼女がいなくては、私は生きていけないくらいなのだが、彼女はたまにしか現われない。冷蔵庫にはいつも 王様の涙 を入れてあるのにだ。

 

  (注1) 当ブログ既出

  片づけ妖精 2019 6/21

  探し物妖精 2020 9/30

 

  (注2) 蓄音機の音量は、針の調節で。わずかながら変化させられる。

 針の固定ネジから針先に向かって、短いと音が大きくなり、長いと小さくなる。ちなみに、太い針を使うと音が大きくなり、細いと小さくなる。